セクシーな 

翻訳していて困る形容詞のひとつに「sexy」がある。

文字通りの性的魅力をさすのとは別に、「かっこいい」「イケてる」「魅力がある」といったような価値をあらわして、昨今ほとんどどんなものにも使われる。

この間翻訳した新しいレストランを紹介する記事で、内装が「tres sexy」という文章があった。有名シェフがプロデュースする店の洗練された都会的なインテリアの店内を「すごくsexy」といっているのである。

「超セクシーなレストラン」なんて日本語にしたら、違う分野のサービスを提供する店だと受け取られてしまう率が70%くらいなのではないか。
ここは悩んだ末、「目を奪われるほど麗しい」とした。ややひねりすぎではあるが、100%手放しで褒めてるというのではなく、0.05%くらいの毒気を含んだつもり。

『リーダーズ英和辞典』には
-a.性的魅力のある、色っぽい、セクシーな。性に取りつかれた。<広く>魅力的な、人目をひく、かっこいい
とある。

オンラインの『Oxford Living Dictionary』には
•    Sexually attractive or exciting. (性的魅力がある、エキサイティングである)
•    (informal) Very exciting or appealing.
(俗語)非常にエキサイティング、または惹きつける。

とあって、こんな例文がのっている。

‘business magazines might not seem like the sexiest career choice
「ビジネス雑誌での仕事というのは最高にsexyなキャリアとは思えなかったかもしれない」

‘The interesting thing is that sexy wines tend to come from certain grape varieties and wine growing areas.’
「興味深いことに、sexyなワインというのは特定の種類のブドウから出来、特定の産地で生産されるものだ」

‘Milgram was a whiz at devising sexy experiments, but barely interested in any theoretical basis for them.’
「ミルグラムはsexyな実験を考案することにかけては天才的ではあったが、その基礎となる理論については大した関心を持っていなかった」

この最後の例文がさしているのは、性的な行動についての実験ではない。電気ショックを与える係に任命された人が、閉鎖的状況で権威ある人に命じられると迷いながらも被験者に苦痛を与え続けてしまう場合がかなり多いという結果で世間に衝撃を与えた、有名な「ミルグラム実験」を考案したミルグラムさんをさしているのだと思われる。

今でも賛否両論あるこのひどい心理実験のどこがsexyだと言っているのかというと、誰にとっても分かりやすく簡単な仕掛けで、話題にしやすく、人の関心をひき、それまでの常識をくつがえす衝撃を与えたという点なのだろうと思う。
言い換えるなら「センセーショナルで洗練されている」といったところか。

英辞郎くんにも
〈話〉〔物事が新しくて〕格好いい、人目を引く
という説明があるが、うーん、ちょっと残念。
セクシーの魅力は「新しくて」ではないんだよね。格好いいのは確かだが、人目をひくだけではないのだ。

たとえば駅前に新築されたでっかいイオンが新しく人目をひいても、それがセクシーだとは限らない。たぶん違う。

その新しさがセクシーなら、そこには官能的な驚きと、欲望を刺激するという含みがある。
だから、たぶん少し毒がある。

sexyという形容詞は、とりもなおさず、男性もしくは女性の性的魅力に類似したような引力、ということだ。魅力的な人が放つ、異性も同性も有無をいわさず惹きつける力であって、そして同時に、少し浮わついたような、用心ならないようなところもある、というほのめかしがあると思う。
まったく毒気がないとか、100%の安全保証がついているとかのものは、たぶんセクシーではない。

Sexyなものは、きっと人の存在をどこかおびやかすような<キケンなかほり>を持っているのである。

たとえば上の例でいえば、「sexyな心理実験」というのは、手順が煩雑で説明するのにも時間がかかるけれども学問的に意味のある地味な実験、とは多分対極にあるのではないだろうか。

Googleが電子化した書籍に出てくる言葉の用例数をごっそり視覚化してくれるNgram Viewerで検索してみると、[sexy]の用例は1940年代から1960年代にかけてゆるやかに増え、1960年代以降、迷うことなく一直線に急上昇している。

ちょっと思いついて[cute]と比較検索してみた。

1960年代〜80年代に急激に[sexy]が追い上げ、[sexy]が[cute]を追い越すほどの勢いであったものの、70年代から急に[cute]も[sexy]と同じ上昇気流に乗り、後は双子の超優良銘柄のように[sexy]と足並みを揃えて上昇している。面白いー!

さらにここに[delightful][charming]という、19世紀の良家の子女のようなお行儀の良い褒め言葉を入れてみるとさらに面白い結果が。

[delightful][charming]は共に1930年頃から確実に凋落の道をたどっていたが、そろって2000年以降ゆるやかにまた上昇している。全体数では[sexy]と[cute]にまだ勝ってはいるものの、20世紀後半に急に追い上げたこの2つの単語との距離ははっきりと縮まって、いまやほとんど同じレベルにあるといっても良さそうだ。

この結果だけでもちろん言葉の用例がすべて代表されているわけではないし、重要性が計測できるわけでもないのだけれど、見事に世相を反映しているのは確か。

ロックンロールとミニスカートの1960年代以降、[sexy]について語る書籍が雨後のタケノコのごとく増えたのは当然だし。

女性は足首をみせることも許されず、もちろん性について公に語るのもタブーだったフロイトの時代から100年以上たち、いろんなフタが次々に外れて、それまでの社会にあったピューリタン的な縛りが消えてなくなるのと同時に、[sexy]は閉じ込められていた巣箱から飛び出したハトのように一直線に急上昇している。

アメリカでは、もはや[sexy]は社会通念上主要な価値観になってきている。[sexy]なものは明らかにパワーを持っているのだ。

それで、なぜこの言葉の翻訳に困るかというと、いつもいつも「魅力的」ではつまらないし、[sexy]が微量に含んでいるキケンなかほりとか毒をうまく表す日本語がなかなか見つからないからだ。

「婉然」とか「艶やか」などにはちょっと官能的なかほりがするけど、使える文脈は限られている。
今日流通している日本語の中に、 [sexy]にあたるような色っぽい便利な言葉がないのは、きっと社会が認める価値観が微妙にズレているからなのだと思う。

アメリカでの [sexy]という価値観が「ヘルシー」とか「ポジティブ」というのと同じように、ほぼ反論の余地なくあからさまに崇められているのに対して、日本では今のところ、 [sexy]は少なくとも表向き、まったく崇められていないような気がする。

性的な含みのある価値観は今のところの日本語界では文字通りイロモノ扱いで、少し遠くから慎重な距離をおいて、なにかあれば口の端に冷笑を浮かべる用意をしつつ見守られている感じである。
もちろんセクシーなるものに日本で需要がないわけではなくて、絶大な需要がありマーケットがあり百花繚乱なのはわかっているけど、その世界は日常生活とは距離があり壁があり、日常のほうからもあまり簡単に近づけないっぽいのだ。

では日本語界の「魅力的」というジャンルでどんな形容詞が権力を持っているかというと、それはきっとダントツで「かわいい」なのではないかと思う。
「カワイイ」には絶大なパワーがある。それは今の日本で売れている女優さんやアイドルたちをみれば一目瞭然だ。

そういえば、10年位前だったか、塩野七生さんが、日本の男優には大人の色気がないと嘆き、当時絶大な人気だったキムタクを見てなんと幼い顔だろうとおどろいた、というようなエッセイを読んだ覚えがある。その時はへーそういう感じ方もあるんだ、と思ったが、何世紀もの間ブレることなく色気至上の国であるイタリアから来た人には、その印象はまあ当然なのかもしれない。

なぜ日本ではカワイイのほうがセクシーよりも偉いのかについては、きっといろんな論があるのだろうけど、私は、江戸時代に町人文化の重要な部分を「悪所」である遊郭が担っていて、それが明治から昭和にかけて表向き徹底的に抑圧されたのが理由のひとつじゃないかとひそかに思っている。

江戸の町人の言葉の中には[sexy]に相当する単語が多かったんじゃないだろうか。「いなせ」とか「あだっぽい」とか。残念ながらそんなに翻訳には使えないけど。

にほんブログ村 英語ブログへ

保存