Well-rounded バランス良い人

2014-0518

Well-rounded という形容詞は、ワインにも使われる。酸味や苦味、果実味やミネラル味などがどれか1つ突出して悪目立ちすることなく、それぞれの風味がバランスよく引き立てあっているワインをwell-roundedというのだそうで、日本語では「バランスの良い」となる。

リーダース英和辞典の訳語は
「釣り合いのよい、バランスのとれた。精神的に安定した、健全な」。

Well-roundedな子ども、というと、学業だけじゃなく、あるいはスポーツだけ、芸事だけ、と何かに激しく偏ることなく、勉強も全科目問題なくできていて、スポーツや音楽や演劇などの課外活動にも打ち込み、ボランティアやコミュニティの活動もしたりしていて、さらに家族や友人ともうまくいっている、というような、全方面まんべんなく健康に成長している子ども、という意味になる。

アメリカの大学は一回限りの入学試験の点数で上から取るのではなく、高校4年間の活動記録と本人のアピールで審査されるので、メジャーな大学に入学願書を出す時にはwell-roundedであることは大きなセールスポイント、というかほとんど前提条件だ。ずっと勉強ばかりしていてクラブ活動もしてないし友達もいません、というのはまずい。スポーツが苦手でも、ブラスバンドとかオーケストラとか(がたいていの中学高校に科目兼課外活動としてある)に参加したり、理系のギーク君だったらロケットクラブとかロボット作りクラブとか弁論クラブにはいってこれこれの活動をしたとか、とにかくコミュニティに所属して人格を成長させるような活動を熱心に行なってました、(理想的には、そこでリーダーシップを取っていた)というのが必須。well-roundedであるのは当然で、その上に何か突出していること、というのが望まれる。

私立の中学や高校の受験でも、もちろんこのwell-roundedであることが重要視される。そうしてこれは多くの面で、その子どもがどれだけ安定した良い環境を与えられているかということに直結しているので、かなり親の収入や状況によって変わってくる。
ホノルル~シアトルで過ごしたうちの息子の小中高時代、知り合う周りの親たちは子どもをサッカーや野球や柔道やダンスや合唱やボーイスカウトやガールスカウトに入れたり、学校のオーケストラやバンドの延長で個人レッスンをつけたり何千ドルもする楽器を買ってやったり、子どもの課外活動にはお金も時間も相当に傾けていた。
でも、日本の塾にあたるような学業のみの家庭教師への出費はほとんど見かけず、あってもほんの一部だった。これはオバマ大統領の母校でホノルルの名門プナホウとか、ビル・ゲイツのご子息が通っているシアトルの私立校に通ってる子たちでさえ、同じだった。

だいたい小中高けっこう宿題の量が多くて、学校の課題をこなして課外活動のスポーツか音楽をやってたらそれでもうけっこういっぱいいっぱい。勉強は学校でするものなのだ。

うちの場合は貧乏な片親家庭だから、まわりの中流家庭のようにあれもこれもはさせてやれなかったが、いろいろな助けを得てまずまずの環境を作ってやれた。うちの息子は頭の程度はまったくもって大したことなく、得意なのはサッカーだけで成績にはすごくムラがある、ほんとにそこそこの生徒だったけれど、それでもなんとかオマケで、点数だけだったらとても入れなかったはずの4年制の州立大に入れてもらえた。これも本人とカウンセラーのアピールがあったからこそ。

そして学校のほうでも学校自体がwell-boundedになるようにマイノリティやいろいろな家庭からも生徒を入れようとするので、純粋な学業成績が良くても中流家庭の白人男子学生が入学できず、ずっと成績の悪いマイノリティの子が入学できて逆に不公平、という声はもう30年前くらいからある。とにかく、大学の入学審査基準はけっこう主観的で多彩な要素が含まれる。

well-roundedというのが理想として掲げられているというのは子どもたちにとって幸せなことだと、小学校から高校卒業までの息子や友人たちの生活を傍からみててつくづく思った。

日本の子どもたちの生活は、いまだにすべて大学受験という重しの下敷きになりすぎてるんではなかろうか。あのストレスは誰の得になっているかというと、塾産業だけじゃないかという気がする。

アメリカの親だって、もし日本のように一発試験ですべてが決まる大学入試システムをアメリカの大学が採用しているなら、小学校から塾にオカネをかけるようになって塾産業が発達するだろう。放課後にも週末にもスポーツや音楽やスカウト活動などに小学校から高校最後の年の卒業間際まで没頭できるのは、(そして親が運転手をしてあちこち連れ回さなきゃならないのは)well-roundedということを評価の中心に据えている大学の入学審査システムのたまもの。

もちろんバランスがよいというのはそれぞれのレベルの水準をクリアしたその上で、という話であって、たとえばアイビー・リーグにはアイビー・リーグの学業水準があって、その上でのバランスということなんだけど、ともかく評価のシステムは上から下まで統一されている。
極端に格差があるのもアメリカであって、移民家庭やマイノリティの家庭の子どもがwell-roundedどころか学業がまったく話にならないでドロップアウトしてしまう率が高いのは、親が、多くの場合目の前の生活に精一杯で、子どもの教育に自分が関与しなければならないという意識がほとんどなく、子どもに具体的な期待も描いていないというのが原因だ。親の関与と期待が子どもの将来(少なくとも高校卒業時点まで)にどれほど反映するのか、この数年間で多くの実例を目の当たりにしてしまった。

別ブログにも書いたけど、このあいだ『Particle Fever』という映画をみた。ヨーロッパのCERNでの粒子加速衝突実験を描いたドキュメンタリーで、映画の語り手の1人として出てくる20代前半の女の子が、まさにwell-roundedを絵にかいたような、健康的なかわいい子だった。大学で物理を勉強して、おそらく夢のキャリアであったに違いない、スイスのCERNの現場で働いている。物理学者が何千人もいる現場ではたぶんいちばん下っ端の使いっぱのような物理学者で、黄色い作業帽を被って巨大な実験機器のコードをつなぐとかそういう仕事をしている。近くに借りているアパートの冷蔵庫はからっぽ。自転車で通勤していて、休日には湖でボート競技の練習をしているところも映し出される。職場の偉い人も出席するパーティーではMCも務めるしっかりもの。

コミュニケーションに優れていて、感情豊かで、仕事に真面目に熱心に取り組み、夢が大きく、自主性のある、ほんとにアメリカ教育のすぐれたサンプルみたいなバランスのとれた子。

この子がとても印象的だったのは、ちょうどこの映画をみたころ、日本で「理系女子」が話題になっていたからだった。カッポウ着を着たガーリーな研究者というのがニュースの中心になってて、なんか変な報道、と思ってたら、とんでもない方向に話が落ちていってビックリしたのだったが、それはともかく、 「女子力」の高い「リケジョ」を持ち上げる妙な報道をしていた日本のニュース機関の人たちにもこの映画を見てほしいなと、映画を観ながら思ったのだった。
この映画の「理系女子」たちは、ごく自然に自分の好きなことを真面目に追求していったらそれが物理だった、という感じで、自分の選んだ物理が好きでしょうがないという姿勢がとても好感がもてた。

アメリカでもいまだに理系に進学する女の子は男子と比べると少ない。少し前だけど、ホノルルの女子校が「男子が同じ教室にいないほうが女の子は数学や科学の才能を伸ばせる」という調査結果を広告に使っていたのも印象的だった。
とはいえ、アメリカのメディアは報道でも広告でも、ステレオタイプを助長するようなことを決してしない。これは21世紀に入ってからますますハッキリした傾向になってると思う。むしろ、ステレオタイプを使わないことにとても気をつかっている。これは訴えられたら困るということもあるだろうけど、それより、観る側の多くが、まだ数は相対的に少ないけど理想とされてる人の姿(女性の研究者とかマイノリティのプロフェッショナルとか)を見たいと思っている、その希望を的確に汲み取っているんだと思う。この映画もこの若い自然体な「理系女子」の視点を取り入れることで、とても親しみやすくなっていた。

学校は自分たちにも受け入れる生徒にも、well-roundedという理想をくっきりと打ち出している。メディアもその理想を形にしている。現実は必ずしも追いついていないし、制度としてのあり方に異議を唱える人もいるが、社会の基本にこういうスジのとおった理想があること、そしてそれがシステムとしてちゃんと確立していることが、アメリカの最善の部分、ダイナミックな力のみなもと、風通しのよさを作っていて、子どもたちの生活にダイレクトに影響している。

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Lunchables ランチャブル

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息子が小学生のとき、「明日のランチはランチャブルズが良い」と言い出したことがありました。
ランチャブル? ランチがABLEっていったいなんのことだよ?と思ったら、そういう名前の商品があったのだった。
これが、なんのことはない、普通のクラッカーとチーズとハムが直径3センチくらいのオードブルサイズに切り揃えられてプラスチックのトレイにはいってるってだけのしろもの。
でもこれが「ランチャブルズ!」という名前でキャッチーな箱に入っていると、なんだかとってもおいしそうに見えたらしい。友達が食べているのをみて、すごく羨ましかったらしく、買ってくれ買ってくれとうるさいので、何度か買ってランチに持たせた。

学校の間は学校でランチが出るけど(これもまた、本当にひどいしろものですが)、春夏冬の休みの間は子どもを家に野放しにしておくと米国では通報されるため、小学生以下の子どもを持って働く親は子どもをどこかに預けるか、YMCAとかのプログラムに入れる必要がある。このプログラムにはランチがついてるとこがほとんどないので、親は慣れないランチを毎朝作って持たせることになる。そこでランチャブルズは大活躍。
子どもは喜ぶし、親はスーパーの棚から買ったままの箱をほいっと渡せばランチの出来上がり。ジュースもおやつもついてて至れり尽くせり。

でもこれ、けっこう高いし、栄養価的にも「ランチにエイブルだ!」って断言して良いような中身じゃないのはごらんのとおり。そして、別に全然うまそうではない。ていうかハッキリいって、まずそう。
一番ベーシックな「ハム、チーズ、クラッカー、ジュース、お菓子」のセットなら、コストコでまとめ買いしたのをジップロックバッグに入れてけば1ドルもかからない。でもたとえまったく同じようなハムとチーズとクラッカーであっても、家でラップに巻いたりジップロックに詰めてきたのと、この「ランチャブル!」な箱にはいってるのとでは、階級が違うのです。
きっとこの専用箱を空けてぴりっとセロファンを剥がして、それぞれ個別のコンパートメントに入った中身をひとつずつおもむろに取り出して食べるというオフィシャルなおもむきが、小学生に人気の秘密ではないかと思う。おまけについてるお菓子だって、別にいつも家で大袋で買ってきてもらってるのと同じなんだけど、この箱に「デザート」としてついてると、ハクが違う。

ランチャブルズはこの成功に味をしめて、次々に新しいバージョンをスーパーの棚に送り出している。ナチョス、パンケーキ、ハンバーガーと、どれもお子さま大好きなメニューばっかりで、しかもどれもこれも、すごくまずそう。
中でも一番「ええっこれは…」と思ったのが、「ランチャブルズ ピザ」。
ピザ生地ふうの平べったいパンみたいなもの、トマトソース、チーズ、というパーツがビニール袋に小分けになっているだけのしろもの。これは電子レンジか何かで温める用なのかと思ったらそうでもなくて(小学生のランチルームにそんなものは普通ない)、ただ冷たい生地に冷たいトマトソースを塗り、冷たいチーズをぱらぱらとかけて食べるというものなのらしい。

うちの息子が3年生くらいの時だったか、この「ピザ」バージョンをランチに持っていった後、うちに帰ってきて「ランチャブルズはもういらない」と宣言した。さすがに小学生にも衝撃的なほどのおいしくなさだったらしい。
でもあれから10年ちかくたってもまだスーパーに並んでるところをみると、売れてるんですね。
しかも定価3ドルで!

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新製品、「ミニパンケーキ」や「チキンダンク」(ナゲットみたいなやつにディップかなにかつけて食べるやつ、多分)というのも出てました。

思うに小学生(特に低学年男子)にとって、ランチの味なんて割合にどうでも良いのではないか。友達と騒いでる間にあっという間に時間がたってしま い、自分が何を食べたのかもきっと脳にインプットされていないのではないか、と、小学生時代の息子を観察していて思った次第。とにかく小学校のランチの時 間、ランチルームに放り込まれた子どもたちはまるで春先のムクドリの群れみたいに異常にテンションが高い。自分が食べているものの味に意識が向かっている のかどうかは疑わしいところ。ふと落ち着いた時に初めて、食べているもののまずさに気づくのでは。

何でこんなものをわざわざお金を出して買ってたのかなー、とその時が過ぎ去ってみればつくづく不思議に思うのだけど、思い返せば子どもが小学生の頃って今よりもっとずっと忙しかった。親も子どももアクティビティが多くて時間に追いまくられてるから、ポータブルな食べものはいつでも歓迎。通勤と学校の送り迎えとスポーツや習い事の送り迎えで、朝夕車の中で過ごす時間が長く、家で夕飯を作りたいけど毎日は無理、朝は10分でも長く眠りたい、という生活。うちはシングルだけどほかのお母さんたちもほとんどが共働きで、どこも同じようなスケジュールだった。
そこで子どもが喜ぶ上、「ランチになります」と請け合ってくれるランチャブルズは魅惑的な存在なのだった。
内心ではこんなモノを子どもに食べさせるひそかな罪悪感をちくちく感じながら、朝の支度がラクだし子どもは喜ぶし、まいいか、と納得してしまう親のために、ニッチな市場を開発してくれたものです。

ていうか、この市場、まだまだ空いてると思いますよ! マクドナルドがハッピーミールのポテトのかわりにアップルに替えたみたいに(またそのリンゴが衝撃的にまずかったりするんだけど)、見た目だけでもヘルシーで親の罪悪感を減らせてそこそこの値段で子どもにアピールする簡単ランチ商品があったら、きっとバカスカ売れるはず。
ほんとに、もうちょっとマシなランチのパッケージがあっても良いと思うんですが…。

悲しいことに、ランチャブルズのラインナップって、ほとんど公立小学校(ハワイの。ほかの州も似たようなものだと思う)の給食と同じ。だって「ナチョス」が給食の常連メニューなんですよ!
アメリカ国の給食ってほんとになんとかならないものか。給食のメニューがあのままじゃ、子どもたちがランチャブルズを喜んで食べるのは当たり前です。

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