離脱者 Expatriate

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Expatriate という単語を初めて覚えたのは、コミュニティカレッジの基礎科目のライティングの授業で課題図書の一つだったヘミングウェイの『The Sun Also Rises』の中だった。

(ところで邦訳のタイトル『陽はまた昇る』て、原題よりもずっと前向きな希望に満ちたかんじがするのですが如何? わたしの世代だと谷村新司が聞こえてきちゃうんですけど。原題は直訳すれば「陽また昇る」で、もっとなんというか、投げやりというのに近い。あきらめたような夜が明けて散文的に日も昇る、といったようなハードボイルドな感じだ。希望というほどの希望は託されていない。淡々と地球がまわって、陽も昇る。それが今日の現実、というような気分のタイトルだと思う)

この小説は、1920年代のパリに住むEXPATRIATEたちの話だ。

「Expatriate」:辞書をひきひき読んでいて、強烈に印象に残った単語だった。辞書には「国外追放者」「国籍離脱者」と、あったと思う。辞書の訳語を見てもちっともピンと来なくて、悩んだ単語だった。

リーダーズ英和辞典の訳語は「国外在住者、国外に追放された人、国籍離脱者」。

エイジロウさんは expatriate の訳に「海外駐在者」「国外居住者」とも訳語をあててるけど、「駐在者」をこう呼ぶのは特殊なケースだと思う。

滞在期間が決まっていて、生活もすべて企業が後ろについてやってくれ、祖国とかわりない生活が保証されている駐在員は、ふつうの意味でのexpatriateとは全然違う。
Expatriateには滞在期限はない。いつまでいるか、わからないのがExpatriateたちだ。自分でも、決めていないのである。

そしてExpatriateは移民でもない。

祖国をあとにした移民/emigrant の意識は、新しい土地での生活に100パーセント、集中している。
Expatriate の意識は、祖国に属している。1920年代のヨーロッパでくだをまいていたヘミングウェイ自身も小説の登場人物たちも、気持ちはやっぱりアメリカにつながっているのだと思う。
異国で自分たちの見ているものを決して理解しない祖国の人々にいらつきながらも、ヨーロッパと同化することもない。

根無し草のようでありながら、実はexpatriateというのは、祖国に何かをもたらそうと思っている人たちかもしれない。
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1923年のヘミングウェイ。 端正なイケメンでござる。

National Public Radioでは今、現代のアメリカのexpatriate にスポットをあてた 『Project Expat』という企画をやってて、そこの掲示板でも、現代のexpatriate 略して「expat」たちが、(アメリカの国税庁のしつこさや役所の不合理を糾弾するかたわら)自分はexpatなのかemigrate なのかという話もしている。

「私はフランスに20年近く住んで、仕事をし、家を買い、家族を育てている。アメリカに帰る可能性は限りなくゼロに近い。だから私はexpatじゃなくmigrantだ」

という人もいる。

このexpatたちのディスッションを読んで思ったのだけど、やっぱりexpatriateという呼称は、祖国の側からの視点だ。祖国の人が自分たちを見る視線を、多少自意識過剰的に感じている人が、自分たちを呼ぶ呼称である。

そうして、たぶんアメリカやイギリスのような、経済的に豊かな移民のマグネットである大国から出た言葉だ。

「ここは外からどんどん移民したい人が集まってくる、豊かで機会も技術も学問も何でもある凄い国なのに、そこで生まれながらヨソの国をうろうろしている、うろんな奴ら」

といった意味合いを、この言葉は含んでいるんじゃないだろうか。

ヘミングウェイの時代、アメリカは国力を急につけ、旧世界の帝国と肩を並べて、世界のあらゆるものを牽引し始めているという余裕や自負がいろんなレベルであった。ジャズエイジのアメリカ。でも第一次大戦のあと、あまりにも大きな空虚を見てしまったヘミングウェイたち若者は、そんなポスターにかいてあるような繁栄を皆が信じているかのような社会を鈍感に感じて、それにその繁栄そのものが、息苦しかったのではないかと思う。

現代のexpatたちも、アメリカという巨大な国に生まれて、そのシステムの中で育てられてきた中で、ちょっと違和感をもっている人が多いと思う。自国のシステムを唯一のものと感じて、そのほかに世界はないような世界感覚をもっている、安心しきったアメリカ人であることに居心地悪く感じて外に飛び出してみた、と、そういう人が多い。

この掲示板のexpatたちの会話を見てもそう思うし、日本が好きで日本をすごく良く勉強しているexpatたちや、永年外国で暮らして米国に帰ってきた「もとexpat」と出会うたびにそう思う。

わたし自身も日本から離脱してきたExpatになるのだけど、日本語には、同じ感覚の単語がない。

思うに日本では、海外で暮らす人に対する考え方として、駐在員や留学生のようにいつかは帰って来て日本の社会にまた溶けこむ予定の人か、あるいはかつての米国や南米への移民のように、日本を捨ててガイコクの人になった、もう日本とは関係ない人、という2種類しか用意がこれまでなかったのではないかと思う。

内心では祖国とつながりを断ち切ることができないで、へその緒はつながったまま外国で暮らし、でも当面帰国の意志もないExpatというのは、日本社会からは、うろんな存在と取られている、というよりももしかしたら「ないもの」とみなされてるのかもしれない。

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スノーバードたち Snowbirds

2013-1120

シアトルの友人が「うちの親は snowbirds なんだ」という。

なんのことだろうと思ったら、寒くて暗い冬の間はアリゾナ州のかんかん照りの毎日の平均気温が32度Cみたいな場所に住み、5月か6月くらいの気候が良い時期になると、シアトル近郊の水辺の家に帰ってきて、息子や孫たちと美しく爽やかな夏を過ごすのだそうだ。

格別にお金持ちというわけではない、まあそこそこ中流の、リタイアしたご夫婦のようだけど、けっこうこの辺の地域にはそうやって2つの地域に住んでいるリタイアメント世代が多いらしい。

ウィキペディアにも「Snowbird (people)」というエントリーがあった。

カナダ、米国東海岸北部、西海岸北部、中西部からカリフォルニア、フロリダ、テキサス、その他「サンベルト」地域で冬越しをするひとたちを指す、そうです。

アメリカは国内でも州によって税法や選挙法もすごく違うので、住民税の安い地域で住民として納税したり、地域によってはどちらの住所でも地方の選挙に投票できちゃうこともあるとか。

「カナダのスノーバードたちは通常、健康保険をキープするため、カナダの住所の住民資格を失わないよう気をつけている」

というくだりがちょっと笑える。ほんとにねー。カナダの健康保険に加入したいよなー。

暗く寒い季節に、うらやましいスノーバードたちなのだった。
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以下と未満 More and Less

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翻訳のチェックをしていると、とんでもない大間違いはおいておいて、意外に見過ごしやすいミスもよく目にする。

その中でもありがちなのが「以上」と「以下」、「未満」。

More than XXX, less than XXX を、「XXX 以上」「XXX以下」と訳してしまっている例がけっこうある。これはもちろんNGで、「XXXを超える」「XXX未満」でないといけません。
私も人のことは指差して笑えないので、前にとある現代アートの美術館で、かなり過激な展示ブツがあるので「Not suitable for children younger than 16 years old 」だったか、とにかく「16歳未満のお子さんには向きませんよ」という内容の貼り紙をしたいので日本語にも訳してほしいと頼まれ、簡単かんたんと引き受けてプリントした紙を持って行き、手渡し直前に気づいた。16歳以下と書いてしまったんですねー。以下では16歳も含まれてしまう。「未満」と書かなければならなかったのでした。

注意書きの貼り紙ならまだしも、契約書とかだったら大変です。

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ちょっと悩ましいのが、above と below。えげれす英語は more than のかわりにabove を使うことが多いみたいですけど、above にその数は含まれているのかどうか、場合によって違うことがある気がする。
たとえばこの間、ある消費者グループの動向みたいな記事で 「above 30」はこうこうで、「below 30 はこうである」と使われてたんだけど、below 30 には明らかに30歳は含まれず「30歳未満」となるのはわかるとして、above 30は「30歳以上」としないと、30歳の消費者はどっちのグループにも含まれなくなってしまう、という例があった。
こういう場合、契約書とかだったら 30 and above (または 30 or older)などと細々と書いてありますが、記事なんかの場合には著者の頭の中ではきっとここに線が引かれているに違いない、と推測しなければならないことも、たまにある。翻訳稼業というのの何%かは、著者の思考を推測することかな、と思うこのごろです。

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