ミスター・ホワイト Mr. White

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というわけで、暇さえあればNetflix で『Breaking Bad』をプチ・ビンジしているこの頃です。

テレビのほうでは先月末にシーズン5の最終回が放映されて、これで本当に完結らしく、当日はメディアが、ニューヨークタイムスからナショナル・パブリック・ラジオまで、なんだかやたらに盛り上がっていた。
わたしはやっと先日シーズン4を見終わったところ。まだNetflix にはシーズン5の後半が出てないのだ。

主人公ウォルター・ホワイトは高校の化学の教師で、余命数ヶ月の肺がんを宣告され、自分が死んだ後で妻とこれから生まれる娘と障害のある息子が暮らしていけるだけのお金を残そうと、覚せい剤メタアンフェタミンの密造を始める。
密造のパートナーは、数年前に高校で化学を教えた教え子、ジェシー・ピンクマン。この彼はまったくの落ちこぼれのヤク中で、進学もせず職にもつかず、同じくらい出口なく頭の悪いチンピラな仲間を使って薬を売っている、しょぼいドラッグディーラー。
この二人が始める商売が上手くいくはずもなく、のっけからディーラーとのいざこざが起こってディーラーを殺す羽目になり、その死体の処理に右往左往するところからドラマが始まる。

このへっぽこコンビがやることが片端から裏目に出てばかりで、どんどん泥沼にはまっていくのが悲しくも笑えてしまうブラック・コメディだったのが、シリーズが進むごとにだんだんとハードコアになって来て、ウォルターもジェシーもシリーズ4では生死のかかった状況に追い込まれ、アマチュア犯罪者の域を乗り越えて、何かスイッチが入ったように人格が変わってしまう。
シーズン4後半のスイッチが入ったジェシーはすごい。ウォルターも、裏世界での名声と実力に密かに深い充足感を感じながら家族の住む表の世界とのギャップに苦悩するおじさんだったのが、シーズン4の最後ではその苦悩の影が薄くなって、びっくりの展開に。

この二人の関係がとっても微妙で、互いの間に理解も尊敬もほとんどなく、互いに邪魔で足を引っ張る相手だと感じながら、いざ相手が危険にさらされると一切の計算をふっ飛ばして助けに行ったり、かと思うと やっぱり腹の底では全く信用しておらず、身を守るために利用しあい、自分を窮地に陥れる相手として憎みあっている。しかし最後に頼るしかないのはやっぱりこの人、という、文字通り「パートナーズ・オブ・クライム」としか言えない絆なのだ。この微妙すぎる関係がドラマをひっぱっていて、すごく面白い。

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で、ジェシーがウォルターに呼びかける呼称が「Mr. White」。 ジェシーはウォルターの教え子だったからだ。アメリカの学校では先生は、「ミスター」「ミセス」「ミズ」「ミス」で呼ばれる。(「ドクター」の称号を持っている人でない限り)
ウォルターは彼を「ジェシー」と呼ぶが、ジェシーは決して「ウォルター」とは呼ばない。あくまで「ミスター・ホワイト」。そういう距離なのだ。

日本でもこのドラマは『ブレイキング・バッド』として放映されているそうなんだけど、吹き替えまたは字幕で、この「ミスター・ホワイト」ってどう訳されてるのでしょう。
「ホワイトさん」じゃ、ちょっと間が抜けた感じがするし、「ホワイト先生」じゃ限定されすぎだし。
やっぱり「ミスター・ホワイト」でしか、この微妙な間柄を表現できないと思うのですが。

 

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エクスペリエンス Experience

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ITからファッションまで、いろいろな記事にも広告にも社内文書にもでてくるやっかいな単語、「experience」。

ソフトウェアのユーザーエクスペリエンスとか、ショッピングのエクスペリエンスとか、結局そのままカタカナにしちゃうんだけど、なんとなく居心地が悪い。

これ日本語になってるのかなあ。

グーグル先生に聞いてみると、検索で2番目にヒットするのが IT Media の記事で、

「  ITの世界でおそらく、いま最も注目を集めている言葉はエクスペリエンスであろう」
と書いてあるんだけど、これ2001年の記事なんだー。

この記事では
「さて、エクスペリエンスとは「体験」と訳す向きもあるが、この訳はあまり適切ではない。一言でいえば「これまでになかった体験」と表した方がピンとくる概念である。」
として、さらに「これまで妥協してきたものを打ち破るもの」でもあり、ITを駆使したシステムでしっかり仕組みづくりをすることで提供できるのがエクスペリエンスである、と結論している。

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それから12年。スマートフォンが普及してモバイルやクラウドが当たり前になって、エクスペリエンスの内容は日々どんどん変わっているわけだけど、カタカナの「エクスペリエンス」は本当にexperience と同義語になっているのかどうか。多分、「エクスペリエンス」を提供する側の企業のほうにはインプットされているけど、受け手の方にはあまりピンと来ない人も多いカタカナ語なのではないだろうか。

かといって「体験」という訳では、やはりなんだかなまなましいというか、青っぽく、消化しきれない言葉になってしまう。

「衝撃の体験告白」

みたいな、なー。なぜ日本語にすると「体験」はこんなになまなましくなってしまうのだろうか。

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